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感想@映画「哀愁しんでれら」*ネタバレあり [映画・舞台]

映画「哀愁しんでれら」を観てきましたので、感想を記します。
以下の記述にはネタバレを含みます。
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哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ (双葉文庫)

哀愁しんでれら もう一人のシンデレラ (双葉文庫)

  • 作者: 秋吉理香子
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2020/12/09
  • メディア: Kindle版



ネットでの評判が高く、ずっと気になっていたこちらの作品。
公開から一か月が経過し、
このままでは映画館で鑑賞する機会を逃しそうだったことから、
慌てて観てきました。



大変面白かったです。
終始、スクリーンから目を離せず、物語に引き込まれました。
期待していた以上に楽しめました。
ただ……こうして記事を作っておいてなんですが、
自分の感想をまとめるのが難しい内容でした。
鑑賞中から登場人物に対して思うことがたくさんあって、
見終えた後も色々と考えさせられましたが、
自分の中にある感情や推測がもやもやしていて、
鑑賞から数日が経過した今でもまだまとまりません。
それでも、こうして文章にしていけば、
ごちゃごちゃしているものが少しは整理できるのではないかと
思っています。



こちらはイヤミス系の作品と呼ばれているそうですが、
ミステリーの要素は無いので、
タイトルの「しんでれら」が表す通り、
寓話系……ダークファンタジーだと思います。
突然、同居中の祖父が倒れ、
彼を搬送するのに自家用車を運転していた父親が事故を起こし
(しかも飲酒運転)、
代わりに乗った救急車の中で自宅一階が火事だというニュースを見た
主人公の小春。
とりあえず夜を過ごすために行った近所の恋人宅では、
彼と職場の先輩の浮気現場を目撃する羽目になりました。
最悪な一夜となりましたが、
直後にひょんなことで医者の男性と出会ったことから
人生が大きく変わっていきます。
主人公が運命の出会いを経て、
不幸のどん底から他人に羨ましがられる人生になるあたりは、
まさしく現代版のシンデレラでしたが、
めでたしめでたしで終わらなかったところが
この作品の見どころでした。
主人公が医者からのプロポーズを受諾した後、
婚姻届を役所に提出してから
夕暮れの野外で踊るシーンは本当に楽しそうで、素敵で、
結婚式も幸せいっぱいなのに、
まさかあんな最後になるとはという感じです。
そう、夕暮れなんですよね……。
新たに家族となった三人に待ち受けているのは、
夜という闇なんですよね。
ダンスシーンは、その先の悲劇がより辛く感じられるほど、
本当に本当に素晴らしかったです。



観ていて私が怖いなと思ったのが、
結婚後の生活がどんどん悪化していく中で、
小春が決して悪い人ではなかったという点です。
義理の娘・ヒカルに「言わない」と約束した秘密を、
大悟に話してしまったのはいけなかったかもしれませんが、
子供の情報を普段は家にいない夫(ヒカルの実父)と共有するのは、
大事なことですし、許される範囲だと思います。
(悪かったのは、話したことをヒカルに知られたことでしょう)
また、ヒカルの訴えを真に受けた小春が、
大悟と共に学校に乗り込んだり、最後の凶行に走ったりしたのも、
当初の彼女が少し躊躇いを見せたことからいって、
明らかに大悟の影響を受けてのことでしょうし……。
現実の世界でも、きっかけさえあれば、
皆、小春のようになってしまうのかもしれません。
序盤、職場のテレビでニュース番組を見た小春が、
モンペと呼ばれる親に対して「馬鹿な親」と呟いていましたが、
そんな彼女ですら最後はああなってしまったんですから、
誰にとっても他人事ではないと思います。
物語の終盤で疲れ果てた小春が、
かつて児童相談所の仕事で関わった親子と
公園のブランコでたまたま会ったシーンも、凄かったです……。



子供の訴えをどこまで信じるかという問題は、非常に難しく、
子育て中の親御さんがこの映画を観たら、
色々と思わずにはいられないと思います。
結婚していない(子供もいない)私ですら、
「もし私が小春だったらどうしただろうか」と考えました。
結局、答えを出すことはできませんでしたが……。
子供には嘘を平気で吐く時があるというのを前提とするなら、
親は子供の言葉を信じるのか、信じないのか。
信じるとしたらどこまでなのか。全てなのか。
その上で親はどう行動するべきなのかという問題は、
これが正解!という明確な答えが無く、
親が対処を間違えて子供の心を傷つける確率が高いのが、
とても怖くて難しいです。
しかも、普段の日常生活でも、
こんな難問が当たり前のように何度となく降ってくるなんて、
厳しすぎます。
物語の後半、小春が親として頑張っていたのは明白なのに、
キレたヒカリが「何もしてくれない!」と怒鳴ったのは、
あまりに理不尽なことでしたが、
ヒカリがまだ幼い小学生であるのを踏まえると、
いかにも子供らしい感情の発散の仕方でした。
小春の行動が実際にどうだったかという問題ではなく、
彼女に対するヒカリの強い不満が爆発したんですよね。
私も「あれは仕方が無い」と思えていたものの、
観ていてしんどかったです。

この作品、冒頭に流れる小春のモノローグ
「女の子はだれでも漠然とした恐怖を抱えている。
私は幸せになれるのだろうか」が非常に印象的で、
ラストシーンでは娘のヒカリの声で複唱されたように、
この作品を象徴する言葉になっていました。
童話のシンデレラがめでたしめでたしで終わったのと同じで、
小春も家族三人の世界の中だけではそうなり、
「幸せに暮らした」と締めることができたのが、
とても淋しくて怖かったです。
小春が、眼鏡の女の子から貰った手紙を
読んでも落とした(落とした後も拾わない)あたり、
もう見て見ぬふりをすると決めたというか、
自分に都合の悪い事実を無意識で排除するようになっていたのには、
私もなんとも言えない気持ちになりました。
今の小春なら、現実で待ち受けている絶望も、
問題をすり替えることで苦にならないのかもしれません。
振り返ってみれば、小春が海を見ずに筆箱を捨てたのも、
現実から目を背けているようでした。
小春は、義理の娘の言葉が真実であろうと嘘であろうと、
「とにかく自分は彼女を愛する(信じる)」と決めたんだなと
改めて思いました。
その深い愛の結果が、残念なモンペ化だったのだとも……。



絶対に父親には黙っていてと約束した秘密を、
小春にあっさりとバラされたヒカリ。
以前は毎朝とても楽しそうに
「行ってきます!」と元気よく挨拶していたのに、
それを機に小春には一言も発しなくなったのが、
彼女の怒りをよく表していました。
ヒカリが筆箱をトイレに捨てたのも、
小春への怒りと失望からでしょうが、
それを「学校で盗まれた」としたのは悪手でしたね……。
ヒカリが他の女子生徒を窓から突き落としたかもしれない件は、
最後に小春が眼鏡の女の子から受け取った手紙の内容からして、
ヒカリが必死に反論していたとおり、
本当に彼女がやったことではなく、
そもそも女子児童の転落は事故だったように見えました。
ヒカリが何度「違う」と言っても信じてもらえなかったのは、
窃盗の罪をヒカリに擦り付けられたワタルくんの時と同じで、
私の頭の中には因果応報という単語が浮かびました。
ワタルくんは、筆箱の件でヒカリに濡れ衣を着せられたからこそ、
あの場で嘘を吐き、ヒカリを陥れようとしたんでしょう。
彼にしてみれば、
ヒカリに嘘を吐かれたからやり返しただけなのでしょうが、
その内容があまりに深刻すぎたせいで、
もう取り返しのつかないことになってしまいました。

そういえば、
ヒカリが昼食時に「お弁当が無い」と言って泣いたのは、
ワタルくんと転落した女子生徒が仲良く喋っているのに嫉妬して、
彼の気を惹きたかったからですよね。
自分の不幸を強調して他人の関心を得るという手は、
子供だけでなく大人も普通にやることで、
今やネットでの他愛のない書き込みでも
話が盛られている可能性があるのを思えば、
嘘を吐いたのは悪いとはいえ、
そう珍しくないことなのかもしれません。
ただ、義母である小春の立場になってみれば、
毎朝頑張ってお弁当を作っているのに、
全く思い当たらないことで担任教師から
(もしかすると他の生徒の親からも)注意されるなんて、
たまったものではないですが。



そして、大悟について。
「白馬に乗った王子様より外車に乗った医者」というのは、
まさにその通りで、
小春が大悟に惹かれて結婚したのは当然のことでした。
結婚前の大悟の行動も、後になって思い返してみれば、
単なる親切心だけでなく、
「頼もしい自分」を小春に見せるための行動でもありましたが、
バツイチ子持ちとはいえ、
金持ちイケメン医者の彼から優しくされて、プロポーズされれば、
(しかも連れ子も自分に懐いてくれるとあっては)
小春でなくても即座に承諾するでしょう。
でも大悟が、小春に惚れたというより、
彼女にヒカリの良い母親になってもらうために結婚したようなのが、
悲劇の始まりでした。
大悟にとっては「ヒカリの良い母親」というのがこだわりなので、
ただの母親は要らないんですよね……。

大悟はお金持ちの家で育ったようですが、
彼のお母さんは、嫁ぐ前は普通の家庭の人だったのでしょうか。
ファーストフードを貪るように食べていた嗜好といい、
残り少ないジュースをストローでズズッと音を立てて飲むことといい、
庶民感が強く出ていました。
お母さん曰く、息子から嫌われているとのことでしたが、
ジュースの残りを音を立てて飲むところは二人とも同じで、
嫌いでも親子であるという事実を突きつけられた気分でした。
また、嫌なことがあると片耳を触る癖が、
大悟やヒカリだけでなく、小春にも見られるようになったのは、
ちょっと衝撃的であり、納得できた部分でもありました。
家族とはこういうものなんだというのを見せられました。
小春が性交渉時に相手の指を噛む癖を受けて、
元彼が浮気相手に「指を噛んで」とねだっていたのも、
興味深い表現でした。

大悟は……
ヒカリのために行動しているのは間違いないですが、
娘を大事に思っているというより、
時々「良き父である自分」を示すためのような言動だったのが、
観ていてしんどかったです。
上記でも触れた、出会った直後にした小春への親切と同じで、
一見、家族思いの優しい人だけれど、
実は彼自身のために動いているようなのが透けて見えました。

大悟が時折放つ他人を見下す発言には、
彼の自信からくるプライドの高さを強烈に感じた半面、
大きな劣等感も隠れているように思えました。
これまでの学歴や、医師という現在の職業、
金銭的余裕については、他人に勝てているけれど、
逆に言えば、誇ることができるのはそれらだけだから、
それらで劣る他人に対して
やたら攻撃的になるという感じがしました。
大悟が母親を嫌っているというのも、
幼少時から一癖も二癖もある彼に手を焼いた母親が、
厳しく躾けた結果なんだろうなと思っています。
(大悟は、母親から怒られて嫌な思いをする度に、手で片耳を触っていた?)

大悟の趣味については、
随分とエキセントリックな人だなと思いましたが、
動物の剥製も絵画も私の中では許容範囲でした。
特にセルフヌードの絵画は、
その異常性やナルシストの要素があるのも含めて、
私は嫌いじゃないですww
(尤も、自分が小春だったらドン引きすると思います)



この作品もコロナ禍の影響を多大に受けたのか、
邦画大作並みの規模の大きさでしたが、
ショッキングな内容からして、
単館系の公開でじわじわとネットで話題になる方が良かった気がします。
(ただ、田舎住まいの私は
その規模ですと間違いなく鑑賞できなかったはずなので、
これで良かったのは言うまでもありません)
また、「土屋太鳳さんが主演だから観ない」層もいるでしょうが、
この作品での彼女は大変素晴らしく、まさにハマり役だったので、
以前の彼女が主演したティーン向けの恋愛映画で辟易した人こそ、
是非、観てもらいたい出来でした。
田中圭さんは、大ブレイク前の彼がよく演じていたような、
非常に癖のあるモラハラ男を好演していましたし、
ヒカリ役のCOCOさんも大人顔負けの演技で、
非常に憎たらしい子供の姿を見せてくれました。

また、テーマ曲が良かったです!
ボーカル無しなところも
作品の世界観と合っていて好ましかったです。



ポスターは、この当初の方が良かったなぁ。
違和感と恐怖感がよく出ていると思います。
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家族三人でこの絵に目を描き入れる際、青色を使っていたのが、
いかにも童話チックで良かったです。
何度見ても怖いけれど。



結局、ここまで書いても、
気持ちを上手くまとめることはできませんでした。
でもこれはきっと、この作品を観た人なら同じだと思います。
DVDが発売されたら、家でじっくりこの作品と向き合いたいです。
もしまだ映画館で観られる機会がある方には、
すぐに鑑賞されることをお勧めします。
本当に、色々な意味で面白かったです!



(追記)
宇多丸さんのラジオの書き起こし記事を読みました。
宇多丸、『哀愁しんでれら 』を語る!【映画評書き起こし】
https://news.radiko.jp/article/station/TBS/52247/
私は映画館でパンフレットを買わなかったことを、
今、とても後悔しています。
それを読んでからもう一度見たかったです。
私も答え合わせをしたかった……。


映画の冒頭10分も、Youtubeで公開されています。
【『哀愁しんでれら』絶賛公開中】
一夜にして怒涛の不幸6連発!!冒頭約10分間の本編映像解禁
https://youtu.be/QNCkv-YhBoU @YouTubeより
テーマ曲のワルツがやっぱり素晴らしい。
そして、学校の教室で小春が机の上をピンヒールで歩くのが
天地逆で映っているシーンは、
作品全体を印象的に物語っているんだなと、今さら思いました。



私はこの記事の冒頭で「評判が高い」と書きましたが、
ネットで賛否両論ある中、否定する声が大きいのを知っています。
作品の出来や内容を否定したい気持ちも、よく分かります。
特に後者については、この作品は観る人を選ぶと思うので……。
私は、この作品を楽しめた側で幸いでした。



2021-03-04 13:17 
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