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感想@「東京マグニチュード8.0」第11話(最終回):悠貴へ… *ネタバレあり [アニメ感想]

アニメ「東京マグニチュード8.0」の
第11話「悠貴へ…」の感想です。
今回が最終回です!
以下の感想には、ネタバレを含みます。


前回の第10話「おねえちゃん、あのね」の感想はこちら。
http://himezakura.blog.so-net.ne.jp/2009-09-11

各話の感想記事のURLは、他のアニメ作品と共に
こちらでまとめています。
http://himezakura.blog.so-net.ne.jp/2009-06-27


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途中で未来が呟いた「なんで悠貴が……」との言葉が
本当に重かったです。
まだ幼かった分、悠貴君は常に素直だったし、
ちょっとお姉さんだった分、未来自身は捻くれてましたからね。
未来には、自分が悪かったとの後悔の念がある分、
「あんなに良い子だった悠貴がどうして」との思いは
本当に強かったと思います。

スーツ姿の真理さんは、私の目には新鮮に見えました。
でも、当然ですが、
未来の自宅に来訪した際の真理さんの表情が
冴えなかったのが
見ていて辛かったです。
子供部屋の中で穏やかな時間が流れる中、
二人が静かに話しているのを見ていたら、
あの地震からそれなりの日にちが経っちゃったんだなぁと
改めて実感しました。

時間差で未来が悠貴君のメールを読むシーンは
さすがに泣きました。
また、その後の、
悠貴君の頑張りを、未来が泣きながら真理さんに話すシーンは
胸にくるものがありました。
お母さんへのプレゼントをようやく渡した未来は
今までになくちゃんと、お姉さんの顔になっていたと思います。
最後に流れた家族の歴史も良かったです──が、
小学校の教室にある悠貴君の机の上に、お花が飾られているシーンは
見たくなかったです。
もう悠貴君が亡くなっているのは明らかなのだから
ここまで駄目押ししなくてもいいのにと思いました。



さて、ここからは、全十一話に対する感想の総括です。

お話としては悪くなかったと思います。
ただ、“被災”と“家族愛”という二本柱にしたのに、
悠貴君の死だけで第8〜11話の終盤を丸々使ってしまった為、
“被災”の部分が急に薄れたのが、残念でした。

“家族愛”も、あくまで“被災”が土台になっているので
(被災しなければ、そもそも悠貴君は亡くならなかったので)
そういう点では、この作品で彼の死が扱われる限り、
“被災”というテーマも扱われている事になるのでしょうが、
中盤までに比べると、明らかに減っています。

具体的に言うと、中盤までのこの作品は、
未来たちの迂闊な行動や、真理さんが下す的確な指示の描写を通して、
視聴者に対して“こういう時はこうした方が良い”と提示する、
言わば“被災した時の為のマニュアル”アニメでした。
たとえば、非常時に優先されるのは子供や怪我人だとか(お台場脱出時)、
歩くのにサンダルは向かないとか(未来の怪我)、
避難所では救命物資が配られる……などといった多々の実例が
エピソードとして分かりやすく挙げられていました。
まさに、アニメを見てるだけで勉強になる内容だったと思います。

でも、悠貴君の死が描かれた第八話を機に、それらは一気に減りました。
病院でのトリアージや、家への貼り紙、
余震後の家屋の倒壊の可能性などという描写も、一応はありましたが、
お話のメインは、
未来と悠貴君による心の交流──“家族愛”に移行していました。
そのアオリを食らってか、
三軒茶屋から成城まで未来が移動した際の古通手段は、
徒歩でなく、車でしたし、
成城に着いてからの未来は、これといったトラブルにも遭わないという、
格段に楽な展開になっていました。
(その分、弟の死という点で、精神的にキツい思いをしているわけですが)
よって、こちらは“被災”の問題を売りにした作品なのに、
最後になって急に、この部分が端折られた&削られたのが、
私には勿体ないなと思えました。


個人的には、
悠貴君を無理に死なせて「お涙ちょうだい」な展開にせずに、
二人(+真理さん)で最後まで困難に立ち向かっていく話の方が
良かったと思います。
お話としてはマンネリになるかもしれませんが
それが、“被災アニメ”としての本来の姿だと思います。
終盤は、悠貴君の生死不明を煽る描写に、ちょっと尺を割き過ぎです。

悠貴君を死なせた事で、世間のアニメファンの興味も掴めましたし、
もしかしたら視聴率も少しは上がったかもしれませんが
急に“家族愛”をプッシュした事で、
“被災アニメ”としての質が薄まった事は否めません。
世間の興味は勝ち取れたけれど、
作品としては、焦点がぼやけてしまったように思えます。
珍しいテーマを扱うアニメだったのに、
悠貴君を死なせた事で、未来の感情を強調してしまった事で、
よくある普通のアニメになってしまったのが、とにかく惜しいです。
2クールの長い話なら、これらの両立は可能だったでしょうが、
1クールなら、どっちかに絞った方が良かったと
私は思いました。


震災前は、多感な時期に入っている未来を中心にして、
あの家庭が不和だったのが、きちんと描かれていました。
最終回において、その問題が解消されたのは良かったと思いますが、
あの家族は、“悠貴君の死”という大きな代償を支払わなくとも、
これまでの辛さを振り返れば、
ただ再会するだけで、家族がいかに大事かを痛感できたはずです。
なので、これはちょっと失礼な言い方ですが、
悠貴君の死が、話を盛り上げる為に使われた手段になってしまったのが
残念でなりませんでした。





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2009-09-19 09:14  nice!(3)  コメント(8) 
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コメント 8

TAMA

初めまして。僕も11話みました
「見たいけど、見たくない」そんな気持ちで見てました。細かい感想はさくらさんと一緒です。

さくらさんが全体の総括として書かれている部分の制作者側の回答が
http://www.cyzo.com/2009/09/post_2786.html
ここに書かれていますよ。
もうご存知かも知れませんが。

ぼくもこの記事を見るまで、さくらさんと同じ思いだったのですが、記事をみて「なるほど」って思いました。

では^^
by TAMA (2009-09-18 08:33) 

さくさく

ついに・・・最終回でしたね。
最終回に向かって『お涙ちょうだい』的な大仰な展開になるのかと
思いきや、悠貴くんのメール、お母さんへのプレゼント、真理さんへの
「悠貴、がんばってたよね・・・」のくだり・・・
淡々と、淡々と、あえて声を荒げることなく流していく演出
滂沱と言うより、ホロホロと涙がこぼれるようでした。

私的には、未来ちゃんが「あたま、痛かっただろうに・・・」
と悠貴くんの頑張りを気が付いてあげられなかった述懐を含めて
ポツリポツリと真理さんに話していたところが一番来ました。

エンディングの写真が今までとは替わって悠貴くんの成長記的な
ポートレートになっていたのが、苦しかった・・・
悠貴君の明るい笑顔で手を振り去っていく写真・・・
何度見ても悲しすぎます。
1年後の母親の誕生日、そしてすぐに悠貴君の一周忌・・・
母の苦しみ、父の苦しみ。未来のため敢えて明るく振舞う両親
私だったら・・・家族の一人が欠けたとき。
未来ちゃんの両親のように明るく前向きに振舞えるだろうか?
色々と考えさせて貰えるアニメでした
また、少し間を空けてから見直して見たいと思いました。

東京マグニチュードが終わり、今後はコメントできるかどうか解りませんが
ブログオーナーさくらさんに御礼申し上げます
コメントできる場を与えてくださり、感謝してます
今後も頑張ってください。
by さくさく (2009-09-18 16:08) 

T.K

全部みました。
私もこのアニメに対してさくらさんと同じような印象をうけました。
ただ最終回の悠貴君の机の上に、お花が飾られているシーンにはよく見ると他の机にもお花が飾られていて、大きな災害後の学校を描写するうえでは必要だったんじゃないかなと思いました。
by T.K (2009-09-19 00:35) 

dino

最後に名前のとおり『未来』に向かって前向きに歩き出そう(歩き出した)と誓って進んでいく事を選んだ事が本当に良かったです。

オレは1話〜7話を『破壊』と考えて8話〜11話は『再生』と見ています。
最も破壊の大きかった所から自宅の破壊の少ない場所へうつり、そして破壊で失ったモノの重みとその重みによって強くなる家族の絆の物語だったのではと考えます。

いずれにせよ、自分がこうなった時家族を守れるか考えさせられるアニメでした。
by dino (2009-09-19 00:52) 

さくら

■TAMA様
初めまして、こんにちは。
コメントに加えて、URLでのご案内ありがとうございました。
初めて読みましたので、教えて頂けて有難かったです。

記事でも書きましたように、私も、
この作品には被災と家族愛を両立させたいとの狙いがあり、
お話の終盤は後者を強調させたかったとは分かったのですが、
それでも、描き方(構成の組み方)によっては
もう少し上手くいったのではないかなと思っています。
家族愛を強調した事で
終盤の未来の行動が省略された事は否めませんから……。
時間がない中で、かなり頑張って作られた作品である事が分かる分、
その点が、少し残念に思えてなりませんでした。
by さくら (2009-09-26 20:29) 

さくら

■さくさく様
こんにちは。再びのコメント、ありがとうございます。

せっかく書いて頂いたのに恐縮ですが、
当方のブログのコメント欄は
作品に対する皆様のご感想を
ご自由に書いて頂く場ではありません。
当ブログの感想記事に対する感想を含まない、
作品に対してのみのご感想は、
公式サイトや、
そのような書き込みを募集している掲示板にお書き頂くよう
お願い申し上げます。
by さくら (2009-09-26 20:33) 

さくら

■T.K様
こんにちは。コメントありがとうございます。

机の上のお花の描写は、分かってはいるのですが
録画した分を何度見ても、やはり見るのが辛いです……。
街が復興しているのに、
亡くなった子供はもう戻ってこないという厳しい現実を
突きつけられている気がしてしまいます。
でも、これが架空の出来事で終わるのではなく、
現実をよくエピソードであるのは
受け止めなければいけませんよね。

by さくら (2009-09-26 20:38) 

さくら

■dino様
こんにちは、再びのコメントをお寄せ下さり
ありがとうございました。

被災したからこそ
普段は希薄になりがちな家族愛が浮き彫りになるお話だったと
私も思いました。
ただ、家族がいかに大事であるかを痛感したのに
その内の一人が欠けてしまったのは
未来たちの一家にとって残念としか言い様がありません…。

私も、もし自分がこうなったらと想像せずにはいられませんでした。
私は成人してますので
いざとなったら真理さんのように
人を守る立場で行動しなければならないのですが
正直、他人の世話まで気が回らないかもしれません。
でも、この作品を視た事がいい勉強になっていればいいなと
思っています。

一番良いのは、そうした災害が起こらない事ですが……
こればかりは、神のみぞ知る事ですしね。
準備だけはきちんとしたいです。
9/1の防災の日には、久し振りに
自分がかつて作った緊急用の持ち出し袋の確認を行ないました。
by さくら (2009-09-26 20:47) 

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