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感想:小説「容疑者Xの献身」東野圭吾 著*ネタバレあり [アニメ・ゲーム・漫画・小説]

2008年秋に映画になりました
東野圭吾氏の小説・容疑者Xの献身(文藝春秋)の感想です。
この作品で、東野氏は第134回直木賞を獲られてらっしゃいます。

犯人・トリック他、この作品における重大なネタバレを含みます。
未読の方、これから映画をご覧になる方は
お読みにならない方が宜しいと思います。


東野先生の著書は、読んだり読まなかったり……なのですが、
この湯川教授が出てくる「探偵ガリレオ」シリーズは
今回、初めて読みました。
テレビドラマをちょこちょこと見ていたので、
映画が面白いかどうかを判断する為に、
この本をいきなり読んだという事情です。

ちなみに、映画を見る気になったのは
私が好きなDJさんが
この試写を見て良かったとおっしゃっていたからです。

浅井博章氏のサイト「 Roxite」内「Writings」
2008年9月9日の記述を参照
http://www.roxite.jp/essay.html


小説を読む前にwikiも見たので、
この作品を読み進めるにあたって
何か「ずるい」ことがあるらしいとは分かってました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B9%E7%96%91%E8%80%85X%E3%81%AE%E7%8C%AE%E8%BA%AB



────

ええと……まず、泣きました。
私は元々涙脆いので、泣きやすいのもあるのですが、
湯川が花岡靖子に真実を明かす場面は、もう号泣でした。


映画のCMでは、天才対天才として、
帝都大学の天才学生だった湯川と石神の対決を強調してましたが、
それを念頭に置くと、この作品はつまらないと思います。
また、テレビドラマでの変な効果
(図式が次々と浮かんでくるパターン)を想像していると
肩すかしを喰らい、拍子抜けすると思います。


東野先生の作風については、語れるほど読んでいないので
ここでは省かざるを得ないのですが
少なくともこの作品は、トリックを楽しむ話ではありません。
同時に、謎解きを楽しむものでもないです。
犯人が真相を隠し、探偵がそれを暴く快感はありません。
寧ろ、作中で言われているように、
これを暴いても誰もが幸せになりません。
爽快な気持ちとは無縁です。
見事なまでに欝話です。


この作品では、いわゆる“神(第三者)の視点”が使われています。
作品を映すカメラが、必要に応じて
天上(いわば神)にあったり、
登場人物それぞれの頭の上にあったりして、
読者に事実という情報を与えています。
そして、ミステリでは得てして
犯人の視点が誤魔化されていたり、
最後まで出なかったりするものですが、
この作品では、犯人による被害者殺害が明確に書かれている為、
犯人が誰であるか、
また、共犯者の有無、いた場合はそれが誰であるかまでが
きっちりと読者に提示されています。
草薙刑事はそれを何とか明らかにしようと努力しますが
作中でいち早く事実に気付いた湯川が言っているように、
草薙がトリックの解明に努力と時間を費やすことには
何の意味もありません。
これは、読者が持つべきこの作品の在り方に対しても同じで、
“殺人事件を題材にしたヒューマンドラマ”というのが
この作品を正しく説明できる言葉の一つじゃないかと
私は思いました。
導入部分は確かにミステリかもしれませんが
話を成す太い柱は、ミステリではないと思います。

上手く言えないんですが、
この本を、前知識無しの状態か、
映画の宣伝やテレビドラマを見ただけで読もうとすると、
読者はまず間違いなくミステリだと思うはずです。
でも実体は、話の肝がそこに無いので、
読者は、花岡靖子と共に湯川から告げられた真実を知って、
「あぁ……」と感慨深くなります。
この落差が、作品における作者の最大の仕掛けだと思います。
つまり、「これはヒューマンドラマである」と書いた時点で
もうネタバレの一つになっているわけです。

勿論、殺人事件が起きる→捜査が行われて解決するという流れは
ミステリそのものなので、
読者によってはそのまま“ミステリ”と判断されるかと思います。
でも、私はそこに重きを置けませんでしたので、
上記のように書きました。
どのようなものがミステリか否かについては
人によって考え方が違うので、
もしかしたらこの記述でご不快になられる方もいらっしゃるかもしれません。
すみません。


では、もう少し具体的な感想を書きます。
ここからは本当に、話の真相に関わることなので、ご注意下さい。


私は、割と文章を読み飛ばす方です。
大事そうな語句だけを拾って、バーッと読みます。
なので読み落としも多く、後から判明したことを受けて
大慌てで前のページを開いて確認する──ことも
決して珍しくないです。

なので
作者によって意図的に伏せられた犯行日についても
私が見落としているだけかと思いました。

最後まで読んで、石神の行動を全て知ってから
再び頭から読んでみました。
三月に入ったとは、冒頭で書かれてましたが
具体的な日にちは殺人が行われるまで一切出てこないんですね。
それが作中に登場するのは
(私が見落としていなければ)P57の記述です。
三月十一日にレンタルルームで男性客が一人いなくなった事と、
この日に死体が発見された事が、事実として書かれています。
続いて、P63によって、被害者が亡くなった日が
その前日の三月十日の夜らしいと書かれています。
よって、草薙達は、この夜のアリバイについて探るわけですが
──読み飛ばしが多い私も、
文中で多々、三月十日という日にちが出てくることから
まんまと引っ掛かりました。
というか、この部分はまさに
ウィキペディアに書かれた「ずるい」部分で、
作者の仕掛けであり、作中の石神の狙いそのものなので、
普通に読んでいれば、まず引っ掛けられる部分です。
つまり、この作品は、作者が読者に対して公平ではありません。
佐野洋先生の「推理日記」でもし取り上げられたら
けちょんけちょんに批判されると思います。

登場人物と一緒になって、石神(や作者)に騙された件に対して、
それでも私に悔しい気持ちが起こらないのは、
石神という人物の愛情の深さや哀れさ、悲しさ、せつなさが
文中でよく書かれているからだと思います。

はっきり言って、
何の罪もない無関係な浮浪者(もどき)を巻き込み、
死に至らしめた件については、全く共感できません。
それこそ、石神のエゴだと思います。
石神の幸せが花岡親子の存在ならば、
花岡親子の幸せを守る為に石神が取ったこの殺人は、
“献身”行動とはいえ、結果的に彼自身の為でもありますよね。
花岡親子の幸せ=自分の幸せなんですから。

それでも、石神の気持ちに私は泣きました。
多分、これを読まれた方々皆さんがそうなんじゃないかと推測しますが、
P345の
「人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。」
という文章に、胸を強く打たれました。
こう思ってしまったほど追い込まれていた石神の気持ちについては、
その周辺の文章から想像するしかできないのですが、
彼がどれほど花岡親子を光として感じ、
彼女達に安らぎを求めていたのかは、よく伝わってきました。
だからこそ
迷いもなく彼女達を助けようとした気持ちも分かります。

湯川に気付かれるきっかけとなったのが
石神が放った彼自身の容姿に対する言葉だというのも
せつないですね。
そして、P344にある
「数学の問題が解かれる美しさと本質的には同じだと気づいた。」
という文章も、
気付く前、そして気付いた後の石神の心の内と変化をよく表わしていて、
辛かったです。


結局、湯川に教えられたことで、花岡靖子は真実を知ります。
しかも罪悪感に駆られた彼女の最後の行動によって、
石神は完全に失敗しました。
これで良かった……はずなのに
湯川達のように素直に喜べなかったのは、私も同じです。
これが最良の結果だと思います。他に手はありません。
湯川が黙っていても、花岡靖子が自首しなくても
この結果より悪くなったはずです。
これは、良い終わり方の話のはずなんです。
でも、あまりにも虚しすぎます……。
「悪くないことが、必ずしも良いことではない」のを
証明したような終わり方です。

そもそも、
自首を進めなかったという出発点から石神は間違っていました。
これによって、花岡親子もそうですが
石神自身も、無関係な“技師”も不幸になってしまった。
湯川も苦い思いをする羽目になった
──勿論、草薙もそうでしょう。
真相が晴れて明るみになったのに
元からあった歪みが更に酷い形で登場人物への悪い影響になり、
作品全体に暗い影を落とす……
本当に本当に哀しい話だと思います。
救いが無いのがもう、何とも言えません。
どれほど巧妙に隠されていても
真実はいつか必ずひょっこりと顔を出して
優しいとか残酷とか、そういう言葉はあくまでも人が後から付けるものであって
真実は真実という名前と実体を持って最初から在るんだなと
改めて痛感させられました。

石神が犯した罪への罰が、
彼が最も恐れた形でくだされたのが、非情です。
まさに自業自得です。
でも、それだけのことを彼はしてしまいました。


後半、石神が花岡靖子に渡す封筒が辛いですよね。
そして、最後の最後まで“献身”でもって悪態を吐く石神の愛に、
私は言葉が出ませんでした。
感嘆した草薙の言葉通りのことを、私も思いました。


実は、読みながら「あれ?」と思い、
読み終えた後の記述で気付いたんですが、
私はこの連載の一部を、オール讀物で目にしていました。
多分、それらの号が家にあると思います。
でも、この作品は連載だと勿体ないというか
一気に読んでこそ!の部分があると思います。
特に、真実を知った湯川が石神に会いに行った記述の後は
先が気になって堪らなかった読者が
当時は多かったのではないかと……。


私は、不幸萌えというか、欝話を好みますので、
これを読んで、映画を見に行きたくなりました。
でも、映像化(ドラマ・映画共通の)オリジナルキャラである
柴咲コウさんが演じられる女刑事は
要らなさそうというか、
草薙刑事ですら、作中では空気っぽく描かれているので
(彼は、見事に騙される役──
言わば、作者に対する読者代表みたいな立場)
もし湯川と彼女を丁寧に描くだけの尺があるなら
花岡親子に対する石神の密かな愛情を描く方に是非回して頂きたいなと
勝手に願っています。


────

感想は以上です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

(10/14:追記)
映画を見てきましたので、感想もまとめました。
宜しければ、こちらと合わせてどうぞ。
http://himezakura.blog.so-net.ne.jp/2008-10-14-1

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2008-10-09 02:42  nice!(1)  コメント(2) 
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コメント 2

流星☆彡

早速 原作を入手します。(*^_^*)
by 流星☆彡 (2008-10-16 06:39) 

さくら

> 流星☆彡様

こちらにもコメント&nice!ありがとうございました。

原作は(特に文庫本が)かなり売れているみたいですね!
映画とはまた違うかもしれませんが
作品の面白さというか、テーマは同じなので
少しでも楽しんでお読みいただければ、
同じ作品で感動した者としては嬉しいです。
by さくら (2008-10-18 02:53) 

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