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映画感想「異動辞令は音楽隊!」*ネタバレあり [映画・舞台]

映画「異動辞令は音楽隊!」の感想です。
以下の記述にはネタバレを含みます。
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https://gaga.ne.jp/ongakutai/

異動辞令は音楽隊! (講談社文庫)

異動辞令は音楽隊! (講談社文庫)

  • 作者: 内田英治
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/06/15
  • メディア: Kindle版


劇場公開日を狙って観るのは、随分と久しぶりです!
それぐらい、ずっとずっと待っていました。


私は幼い頃からエレクトーンを習っていて、
高校では、高校野球の応援をしたいがために
吹奏楽部でフルートを吹いていました。
大人になってからは
自衛隊の定期演奏会に何度か足を運んでいますが、
警察の音楽隊についてはほとんど知りません。
なので、現実での警察音楽隊の扱われ方がどうなのかは
(この作品で描かれているような感じなのかは)
不明ですが、
その分、作品に抵抗なく入り込めた気がします。



音楽に興味が無い、楽器未経験者の主人公が、
強制的に音楽と関わる羽目になって、
最初こそやる気が無く、演奏も下手だけれど、
徐々に興味・関心が湧き、
本気で練習をこなすようになってからは
みるみるうちに腕が上達し、
ついでに本人と周囲の諸問題も解決して、
最後に披露される演奏会は大成功!
……という流れは、
音楽を主題とする作品では基本だと思います。
この作品も、王道の展開でお話が進み、
終わり方も王道そのものだったので、
「他でもよくある話」「珍しくない」とも言えますが、
コメディ要素、シリアス要素、ヒューマン要素が
無駄なくギュッと濃密に詰め込まれていて、
上映時間(約二時間)はあっという間に過ぎました。
大変面白かったです。
最初から最後まで、期待以上に楽しめました。



まず、吹き替え無しだという役者さんの演奏が、
実に素晴らしかったです。
特に挙げたいのは、やはり、
主役の成瀬司役の阿部寛さんのパーカッション(ドラム)と、
来島春子役の清野菜名さんのトランペットです。
たまたま見たテレビ番組でのインタビューによると、
二人とも初心者の状態から始めて、
阿部さんは三か月、
清野さんは五か月の練習期間を要したそうです。
楽器経験者ならお分かりのとおり、一般的には、
そんな短期間ではあそこまで立派に演奏できないです。
音楽隊の皆さんには、心からの拍手を贈りたいです。

だからこそ、音楽隊の演奏シーンは、
もう少し多く、長く欲しかったなと思いました。
楽器の演奏は役者さんの負担が大きいので、
これ以上を欲するのは無理だったのかもしれませんが、
欲を言えば、最後にあと二十分ほど付け足して、
演奏会で三曲ぐらいじっくりと聴かせてほしかったです。



物語の主軸は、成瀬の音楽との触れ合いです。
刑事一筋三十年の成瀬にとって、
音楽隊への異動は不本意でしかなく、
まさに作品ポスターにある「なんで俺が」状態でした。
成瀬を受け入れる側の音楽隊の熱量も総じて低く、
一部を除いて「なんで俺が」「なんで私は」状態で、
普段の練習も仕方なくしていたようで、
「なんで俺が」のキャッチコピーが的確すぎました。

加えてこの作品は、
他人との関わり方にも深く触れています。
そもそも人付き合いの基本として
・他人に嫌がられることをしない
・他人を傷つけない
・悪いことをしたと気付いたら謝る
というのがあると思いますが、
刑事という職務を第一にしすぎた以前の成瀬は、
普段からよく感情的に暴走していて、
上記のことが全くできていませんでした。
そんな彼が、音楽そして音楽隊との出会いにより、
良い方に少しずつ変わっていき、
上記のことができていなかったと自覚するばかりか、
自然にできるようになるまでに成長します。
刑事時代の成瀬は、とにかく言動が荒っぽいので、
見ていてしんどいと思うシーンもありました。
しかし音楽隊に入り、
人が変わってからの成瀬については
終始、安心して見ていられました。
すれ違うばかりだった娘との
ライブハウスでのセッションシーンは、
作中屈指の名シーンと言えるほど、
凄く凄く良かったです。
刑事時代の後輩への謝罪シーンも、
その後輩から謝罪を聞かされるシーンも、
非常に感動的でした。
野球場でのマーチングバンドの練習において、
成瀬の一言をきっかけに、
それまでだらけていた皆の気持ちが変わるシーンも、
彼の成長を実感できたように思えてならず、
私まで嬉しくなりました。



良いエピソードが多かっただけに、
音楽隊のファンだという老婆が殺されたのが
本当に本当に残念でした。
私は、この老婆か成瀬の母親のどちらかが
詐欺の被害に遭うのだろうなと想像していたので、
後者が無事だったことにはホッとしましたが、
やはり前者の死には胸が痛みました。
成瀬が彼女に心を開いているのを見ているだけに、
とても辛かったです。



さて、こうして感想を書いていくと、
「大団円で良かったね。めでたしめでたし」で
安易に終わったと思えるかもしれませんが、
冷静に振り返ってみると、
決してそうだとは思えなくなってくるのが、
この作品の見どころの一つだと思っています。

確かに、成瀬は良い方に変わりました。
成瀬は娘からの信頼を取り戻せたようですし、
今後も多少の喧嘩はするでしょうが、
以前のように娘から一方的に嫌われてしまったり、
彼が娘の気持ちを踏み躙ったりすることは無い
(もしくは、大分減る)かと思えます。
また、常に仕事で忙殺されていた刑事時代と違い、
音楽隊に所属している今の成瀬は、
精神的にも肉体的にも時間的にも
人並みの余裕を持てるようになったでしょうから、
ついキツく当たってしまっていた母親にも
優しく接せれるようになっているはずです。

でも!
母親の認知症は治っていないので、
彼女の心の中では未だに、亡くなった夫も、
絶対に帰ってこない成瀬の元妻も、
まだあの家にいるんですよね……。
真夜中を過ぎても家の前で座って待ったり、
お弁当を届けようとして隣町まで徘徊したりということは、
この先もまた起こるはずです。
人との接し方を学び、優しくなれている成瀬でも、
そんなどうしようもない母親を見たら、
つい感情的になってしまい、
以前のように怒鳴ることもあるでしょう。
玄関や廊下にあったたくさんの貼り紙も、
そのままずっと残されているのかもしれません。

また、シングルマザーの春子は、
育児を優先するために音楽隊を辞めると決めました。
成瀬が最後に言っていたとおり、
音楽は一人でも、どこででもやれます。
それに、育児を選んだのは春子自身です。
しかしながら、
それこそ息子を産む前からずっと大事にしてきた音楽と、
それを仕事にできていた居場所を
泣く泣く捨てるというのは、
当人がいくら前向きでいようと思っていても
なかなか難しいことです。
この先、もし育児で辛いことがあったとしても、
音楽隊という逃げ場はもう無いんですから、
余計なストレスを抱える羽目になるかもしれません。
春子はとても良い人なので、
冗談でも言わないとは思いますが、
人によっては、息子との喧嘩中に
「お母さんはね、
あんたを育てるために大好きな音楽を捨てたのよ」と
うっかり言いかねないかもしれません。

普通の作品であれば、
成瀬の母親の認知症が少し改善したり、
春子が音楽隊を辞めなくても済むようになったりして、
「めでたしめでたし」な終わり方になると思います。
でもこの作品は違いました。
上記のとおり、成瀬の母親はボケたままですし、
春子は音楽隊を辞めるのを撤回しません。
主人公の心は確実に成長し、人間関係が良くなって、
ちょっとだけ快適に生きられるようにはなったけれど、
その根底にある辛い現実は、
残念ながらそのまま……辛い現実のまま、
物語は終わります。
映画館を出た時は、
演奏会での大成功シーンを見た直後ということもあり、
感動で胸が熱くなっているのを自覚しながら
「面白かったな。良い作品だった」と
気持ち良い余韻に浸っていました。
でも何度もお話を振り返っていくうちに、
ふと、非常なまでに容赦の無い現実が
ありありと見えてくるようになってきて、
作品の見方が少し変わりました。
勿論、私の考えすぎだったり、
思い違いだったりする可能性はありますが、
作り手の覚悟のようなものが見えた気がしました。

帰宅してから公式サイトを見たところ、
原案・脚本・監督を務められた内田英治さんは、
映画「ミッドナイトスワン」の脚本・監督さんだと分かり、
あぁやっぱり……と腑に落ちました。
「生きづらい人生を歩まざるを得ない人」の描写が
とてもお上手だと思います。



私は視力が低いので、
眼鏡をかけていてもよく読めなかったのですが……
成瀬の自宅の玄関や廊下にある貼り紙が映る度に、
胸が潰れるような気持ちになりました。
認知症を患っている母親にとって、
あんな貼り紙を見せられて息子に怒鳴られたところで、
認識が正しくなるわけがないです。
とはいえ、あんなふうに紙を貼ってしまったり、
母親に向かって
「ここに書いてあるだろ!」
「もうこれで何度目だよ!」と怒鳴る成瀬の気持ちも
痛いほど分かります。
私の母も老いており、
もしかすると認知症の問題に悩まされるかもしれないので、
自分の近い未来を見せられているような気持ちになりました。

でも、上にも書いたとおり、
成瀬が再び怒りに任せて
母親に対して心無い言葉をぶつけてしまったとしても
良い方に変われた彼なら、
ハッと我に返った後すぐに
「悪かった」「ごめん」と謝ることができるはずです。
こうして、良好な人間関係を築くことに励みつつ、
間違ったことをしたと気付いた時には謝り、
修正を試みて、人は生きていくんだな……と、
改めて実感しました。



あと、私がとても感動したのは、
終盤の囮捜査で成瀬が詐欺事件の真犯人を追い詰めた後、
逆上した真犯人に襲われそうになった際に、
体の前で背負っていた大太鼓を反射的に庇った結果、
代わりに背中を強く殴打されたシーンです。
あそこは、成瀬が本当に音楽家なのだというのを
よく表していたと思います。
刑事時代の成瀬だったなら、
真犯人に向かって大太鼓を投げつけたと思うので。



暗いことをあれこれと長く書いてしまいましたが、
この記事の前半で書いたとおり、
音楽もののエンタメ、ヒューマン系の作品としても
大変優れている出来です。
是非、映画館で観てみてください。
お勧めです!



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2022-08-27 22:44 
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