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感想:小説「風が強く吹いている」三浦しをん著*ネタバレあり [アニメ・ゲーム・漫画・小説]

三浦しをん先生の小説「風が強く吹いている」の感想です。
今秋、小出恵介さん主演で、晴れて実写映画化されるという事で、
以前(2007年4月)に別ブログで書いた感想を
こちらに転載しました。
(作中で挙げているページ数はハードカバー版ですので、
文庫版とは違っている可能性が高いです)

以下の記述にはネタバレを含みます。


────

私は、ドラマでも小説でも漫画でも、
弱い──というか、
実力的に劣っていると判断されてる人たちがのしあがっていき、
強い人たちと互角に戦っていく話には爽快感を覚えます。
好きです。

ですが、この話は冒頭で部員の勧誘をしているほど
スロースタートなので、
「これで箱根駅伝まで書くの?」と
最初の頃は不安でした。
途中を大幅に省くのではないかと思えてしまって。
でも、そんなことが杞憂に思えるほど濃密に、
また、キャラが活き活きと描かれていました。


この作者の小説を、私は短編しか読んだことがありませんでした。
それらがたまたまそうだったのか、
淡々とした話の進め方で、読後は、
「それで、何?」と思わず呟いてしまったほど消化不良というか、
作者がこの話で何を伝えたかったのかを理解できませんでした。

しかしこの話では、主人公・走(かける)と、
もう一人の主人公的存在の灰二(ハイジ)との会話で、
主題的問答が何度も繰り返されているため、非常に分かりやすく、
私も素直に話にのめり込むことができました。
ちょっとしつこいかなとは思わないでもなかったですが、
そもそもスポーツという題材が熱いので
その辺は充分に許容範囲かと思います。
単純明快なのが、この話には相応しいのかと。


私は、お正月には箱根駅伝を欠かさず見るほどファンです。
作中にも出てきますが、
その前にある予選会も、
夜中のテレビなどで流される短い特番を含めて
必ずチェックしてます。

また、箱根駅伝の小説と聞いていたので、
この弱小チームが予選会初出場で本選に進めるんだろうな、とか、
その大会でもトラブルがあって色々と大変なんだろうな、とか
読む前から色々と想像をしてました。

それでも、要所では泣いてしまいました。


作中に出てくる印象的な台詞は、
カバーの見返しに印刷されていましたので省きますが、
それ以外にも幾つもありました。

例えば、P321。王子が第一区を走っているところです。
走るのが嫌で、
でも大好きだった漫画を読めなくなるのは困るから
渋々と練習に参加していた彼がですよ、
終盤まで近くにいた選手たちが一気にラストスパートをかけたのを
目の当たりにして、こう思うんです。

「そうだ、僕はまだ陸上をはじめたばかりなんだ。
他人がどんなスパートを見せようと、
自分の全力で走っていくしかないじゃないか」と。

でも、その直後、ふと、こう思っている自分を笑うんです。
「はじめたばかり、だって?
じゃあ僕は、これからも陸上をつづける気でいるのか。
巻きこまれて、こんなに苦しい思いをしてるっていうのに」

一応、この話のラストでは、その数年後の描写が出てきますが、
走とハイジ以外のその後については、はっきりとは書かれていません。
ですが、どう考えても、王子がこの後も陸上をやったとは思えません。
でもそんな彼ですら、一瞬とはいえ、こう考えてしまう……
このモノローグの部分は、
言葉として読める以上に深いものを感じられました。


走と、両親の関係性については変わらなかったようですが、
それもご都合主義でなくて良かったと思います。
ユキ先輩の家とは事情がかなり違いますので。
ユキ先輩のは──「誰々が悪い」というのが無い分、
つまらないところで引っ掛かってるっていうか
(でも気持ちの問題なので、そう簡単に解決できない)
お互いが相手を大事に思ってるからこそ、変になってる状態なので、
あの思わぬ再会は良かったなと、喜べました。
何より、ユキ先輩のモノローグでは描写が全く無かったのに、
走り終わったあと、ジョータの視点で、
実は足の付け根のマメが剥けてて血が滲んでいたというのが
分かるっていうのが良いです。
これ、お調子者の双子や、
しんどいこともジョークにしてしまうニコチャン先輩だと、
モノローグで絶対に「足、痛いなー」と出ますよね。
あと、惜しかったですが、
有言実行のユキ先輩が、
今回もほぼそれを達成したのに近い成績をあげたのも
良かったです。
その後に、走がそれを達成したのにも掛かっていて。


黒人のムサの、P66での台詞
「黒人は足が速いというのは偏見です」は
非常に身に染みました。私もつい思ってしまうので。
普通に街ですれ違う程度ならともかく、
痩せた黒人が競技用の格好をしてるのを見たら、
「うわ、速そう!」と、疑いもせずに思ってしまいます。
そんな彼が、結果的には良い成績を出すのが良いですね。
神童とのやり取りも和みます。


神童は……箱根駅伝での描写が辛くて、読むのが大変でした。
また、他の人の視点で、彼が本当にふらふらなのを見て、
更に辛くなって、という感じで。
でも、走りたい気持ちは凄く伝わってきたので、
彼が到着した時はやはり泣いてしまいました。
ハイジについては──最初は彼の視点から始まる話なので
彼が主役だと思ったのですが、
視点の割り振りがどんどんと走に任されるようになっていってます。
でも、ハイジはまとめ役なので(選手でありながらもコーチ)、
彼を高い評価を受けるべき人間として描くには、
彼自身に「オレは凄いんだ」と語らせるよりは、
周りの人間から「あの人は凄い」と言わせた方が真実味が出るので、
作者はその辺を狙ったのかなと思いました。
また、あまり出てこない分、
十区でのハイジのモノローグ全般は非常に重みがあります。
右膝が完全に駄目になった瞬間は、涙が止まりませんでした。
もしかしてと予想はしていたものの、その描写の時は、
「うわ、とうとうこの時が来ちゃった」思い、
つい本を閉じてしまいました。


走については、彼自身による自己評価も多いですが、
それ以上にハイジを始めとする周囲の評価も高く、多くなされています。
なので、長距離ランナーとしての在り方云々よりも、
どちらかというと、周囲の人間をより魅力的に見せるための
主軸としての役割を大きく任されていたような気がします。
その最たるのが、上記のハイジ。
そして、東体大の榊です。
六堂大の藤岡という大ボス的な存在もいて、
最後に走は区間新記録を作ることで彼に勝つわけですが、
彼は少し別次元にいるというか、
どちらかというと、
「怪我をしなかった未来を進んだハイジ」という
存在のような気がしました。
なので、主人公の割にはあっさりとしていますが、
この話は三人称と一人称がごちゃ混ぜになっているので、
走の視点で描かれている時は
彼の思いがダイレクトに強く出ていることと、
ランナーとしての実力はピカ一という立場から、
存在感はしっかりと出ています。
もし、ハイジが怪我をせずに、それこそエースだったならば、
走の存在はもっと小さいものになっていたと思います。


この小説の凄いところは、
走たちが箱根駅伝に出るだろうなと分かっていながらも、
その箱根駅伝でも非常に熱く話が進むところです。

というのも、上記のことを踏まえると、
どう考えても話で一番盛り上がるのは、
箱根駅伝に出られるか出られないかの紙一重の部分の
はずなんです。
なにせ、現実でも、この予選会は悲喜劇が本選以上にありますから。
練習を始めて約半年のチームが予選会に挑む。
無謀なのは、読者もよく分かっていると思います。
結果的に予選会を突破できると思っていながらも、
ハラハラドキドキさせられます。
つまり、箱根駅伝はボーナスステージのようなもので、
話の山場はこの予選会のはずなんですよ!
で、予選会を本当に山場とした結果、
本当のメインである箱根駅伝でのエピソードがしょぼくなってしまって
「なんだ……予選会の話が一番面白かったね」と
尻すぼみになりがちなのですが、
この話は違うんです。
予選会は予選会で盛り上がり、
また、お正月の箱根駅伝は確かにボーナスステージなんですけど、
予選会並みに話が熱くて──
つまり、中盤と終盤に大きな山場が
ドカンドカンと続けてくるわけです。
でも、予選会と本選の間には、ハイジと双子の摩擦とか、
小さな事件がぼっ発→駅伝への気持ちを再確認する
というエピソードもあって、
メリハリが効いてます。
随分と考えて作られた話だなという印象が残りました。


それと、箱根駅伝は十人で走るので、
主役級のキャラを含めて最低十人は出さなきゃいけないのですが
それぞれに特徴があって、うまいなーと思いました。
また、これだけ人数が多いと、
個人のことをだらだらと書いて違いを表現するよりも、
何か一つキーワード的なことを付けて、
そこから枝葉になるようなエピソードを作れば、
もう充分だっていうことが分かりました。
登場人物を多くする時、キャラの書き分けは重要な問題なので、
一つ勉強になりました。


長編なので、本を読む習慣のない人には
ちょっと辛い長さかもしれません。
でも感動に飢えてる人ならお勧めです。
お約束的定番要素もたくさん出てきますが、
話の先が分かっていても泣けてしまう描写が多々あります。
また、箱根駅伝への見方もかなり変わると思いますので、
秋〜冬(でもお正月前に!)に読むのをお勧めします。
作中の最後で、
ハイジがアンカーを務めた回を見て寛政大に進もうと決めたという
後輩が出てきますが、
私はこれを読んで、最後の大手町のゴールシーンを
テレビではなくナマで見たいなと思いました。


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2009-10-27 23:06  nice!(0)  コメント(0) 
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