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感想@映画「容疑者Xの献身」*ネタバレあり [映画・舞台]

映画「容疑者Xの献身」の感想です。
東野圭吾氏の原作を読んだら面白かったので、早速、見てきました。

小説の感想はこちら↓
真犯人および小説の肝である部分について触れてますので
ネタバレがお嫌な方は閲覧をご遠慮下さい。
http://himezakura.blog.so-net.ne.jp/2008-10-09

この感想でも犯人やトリックなどに触れています。
他もそうでしょうが、
この作品はネタバレを知っていると楽しみが半減しますので、ご注意下さい。



────

私はとても涙もろく、原作の小説を読んでも泣いたので、
真相を臭わせる描写のところできっと泣いてしまうだろうなと
覚悟していました。
実際、湯川学教授の実験後、
布団の中で寝ていた石神が
お隣の花岡親子が出ていく時のドタバタ音を
静かに聞いている場面で、ちょっと涙ぐんでしまいました。
そして原作を知らないでこの映画を見たら、絶対に、
石神が「うるさいなー」と思っているはずと勘違いしただろうとも
思いました。
「あぁ、石神はこの音ですら愛しかったんだ」としみじみして
しまいましたよ。

出勤する石神が、
ホームレス達を横目に川べりを歩いていくシーンでも、
缶をひたすら潰している人、洗面用の桶を持っている人、
洗濯物を広げている人──そして、ベンチに座っている“技師”ときて、
「あぁ」と感慨深くなりました。
原作では、ここは石神の主観が入った形で状況説明がなされているので、
映画ではどういう描かれ方をするのかなーと思っていたので、
石神が弁当を買ったシーンも含めて
淡々と映像だけで見せていく手法は、王道であり、分かりやすくて
良かったと思います。
後で(事件後)、ベンチから技師がいなくなっている事は、
カートっぽい物にくくりつけた荷物だけが脇に放置されていることもあって
また、そこの部分だけ溜めて撮られていることもあり、
「あ、この人だけいなくなってる」というのが
分かりやすくなっていましたので。

石神が最後の手を打つ辺りからは
(ストーカー行為をわざとして、その証拠となる封筒を花岡靖子に渡す)
泣いてばかりでした。
彼の思いが本当にせつなかったです。

そして、最初からずっと抑えた演技をしていた堤さんが
最後、石神が慟哭する場面で嗚咽をあげて泣く場面は
凄かったです。
松雪さんの「私も償います」効果もあって、
見ていて胸が激しく痛みました。



実は、小説を読んだ後、こうして映画を見る前に、
映画の感想をネットで幾つか拝見しました。
その中で、映画と原作の差について語られる物がありましたが、
私は、お弁当屋さんの設定には違和感を抱きませんでした。
(原作→雇われ従業員、映画→お弁当屋さんの経営)
原作のお弁当屋夫婦で大事なのは、
常連である石神が花岡靖子に好意を抱いているのではないかという
冷やかしの部分なので、
そこを、今回の映画では完全にお客さん状態だった
真矢みきさん演じる監察医・城ノ内桜子が果たしてましたので、
映画のストーリーを作る部品としては
彼女がその代わりを充分に果たしていたと思います。
逆を言えば、ドラマ「ガリレオ」を意識しなければ、
城ノ内桜子を出す必要が無くて、
更にこう言ってしまうと身も蓋もないですが、
テレビ版そしてこの映画版のオリジナルキャラクターである
柴咲コウさん演じる内海薫刑事がそもそも要らないという話に
なってしまいます(笑)。
この件については、長くなりますので後述します。

終盤、Wiiで遊ぶシーンも、
この母子家庭にしては贅沢なんじゃ……という意見も拝見しましたが、
小説より映画の方が、花岡家の暮らし振りは全体的に良さそうなので、
あの生活なら、娯楽品としてWiiがあってもいいと思いました。
小説だと、花岡靖子は日々の生活にくたびれた美人という印象でしたが、
映画ではそうでもなくて、
普通の、どこにでもいる(でも美人な)主婦だなーという感じです。
ただ、原作の花岡親子がWiiを所持してないだろうという考えには同意です。



キャラクターについてですが、
この作品の主人公といってもいい石神哲哉役の堤真一さんは
はっきり言ってもさかったです。
堤さんだって、湯川役の福山雅治さんと同じ二枚目俳優さんで、
実際に色男だし、格好良いのですが、
歩き方、喋り方、猫背過ぎる立ち方、座り方……所作の一つ一つが
もう、もさいです。おっさん臭い。
原作での石神は、とにかく冴えないずんぐりむっくりとした柔道男なので、
それを堤さんが演じられるのはどうかと思ったんですが、
普通に“カッコイイ男性”として書かれている湯川との対比もあって、
石神はよく描かれていると思います。
福山さんは、別にファンじゃない私から見ても
特別素敵でした。本当に格好良かったです。
カメラ割りも、石神との差別化を計る為なのか
湯川教授はいいアングルで撮られることが多かったです。

そして、湯川の物語にゲストで石神が出てくるというより、
石神の物語に湯川がたまたま入ってきたという印象は
まさに原作通りで、
テレビドラマの「ガリレオ」をお好きな方は
やはりこの映画には戸惑われるんだろうなぁと思いました。



話を少し戻しますが
私はネタバレを知っている状況で映画を見ましたので、
初見でも全てを知っている=神様みたいな視線でいたと思います。
実際に花岡親子の犯行が行なわれてからは、
敢えて、小説では明かされていた石神の手伝い部分(表面的なこと)は、
物語の最後になるよう移動してましたが、
これも良かったと思います。
石神が死体に細工してアリバイを作ったであろうことは、
その後すぐに被害者の死体
(実際は技師)を発見させるシーンを持ってくることで、
話を進めただけで状況説明になってましたし。

数学の問題を解く場面の石神が、とにかく嬉しそうだったのが
印象深いです。
この人は数学の世界だけにいられたら、もっと幸せになれたかもしれません。
ですが、もしあのまま無事に大学教授にでもなっていたら
花岡親子とはまず間違いなく出会えてなくて、
その仮定の状況は石神にとって物凄く不幸なんですよね。
こう考えると、数学者として道を外したのは残念だったけれど、
花岡親子によって他人から光を感じることができた石神は
人として幸せだったのかなと思いました。
それだけに、罪も無い他人を殺すまでに至ったのは、残念でなりません。

終盤で明かされる、花岡親子とは接点の無い石神において、
彼女たちの生活音をうっとりと聞いている石神が、
まるで数学を解いている時みたいに幸せそうだったんですよ。
だから、石神の幸せの元である二つのことが重なったら
(花岡親子の生活音を聞きながら数学を解く)
彼はどれだけ幸福を感じられたのだろうかと、思わず推測しました。

また、そのきっかけとなった花岡親子の転入時の挨拶での
松雪泰子のきれいなこと!!!
花岡靖子は、長い髪をずっとひっつめていて、
ホステスをやれるほどの美人でありながら今は普通の主婦という状況が
よく表わされていたと思うんですが、
その挨拶の時だけ、花岡靖子は髪を下ろしてるんですよ。
娘の美里ちゃんも初々しくてかわいくて、
若さというか瑞々しさに溢れていて、
まさに「生きてる!」って感じで、
まさにこれから死のうとしていた石神にとって
生きる光となったらしいのは、よく分かりました。
最後に内海刑事がぼそっと漏らしたように
石神は花岡親子にとって生かされていたんだと思います。



全体的に、映画は原作に沿っていて、よく作られていると思います。
──が、映画のオリジナル部分は
要らないことが多いように感じられました。
まず、上記でも少し触れましたが、内海刑事の存在。
原作では出てこない彼女ですが、
この話は、原作でも出てくる草薙刑事ですら
空気みたいな存在です。
これは、石神の人生の一部を語る話に
湯川がひょっこり顔を出す話なので。
そこに草薙が入るのが許されたのは、
彼が二人と同じ帝都大学の同窓生であるという点と、
事件を読者の立場で見る(見事に石神にだまされる)点がある理由です。
草薙ですらその存在が危ういのに、
更に希薄な内海刑事は要らないと思いました。
勿論、映画を作る上で女性の華は必要なんでしょうが、
それは花岡靖子を演じる松雪さんのみで充分だったんじゃないかと……。
とはいえ、これはテレビドラマがあった上での製作のはずなので、
内海刑事の出番を否定した時点で
矛盾が発生してしまうのは分かってますが。
映画の中で、内海刑事は
他の刑事たちから“女だ”って理由だけで
軽くあしらわれる場面が何度も出てきますよね。
それがまさに、この映画の上での彼女の立場
(作品中ではなく、映画に置ける彼女の存在異議の稀薄さ)が
よく表われているようで、皮肉だなぁと思ってしまいました。
湯川教授の「友人として聞いてほしい」という言葉も、
彼と内海刑事の曖昧な関係を良い方向に確定したのは
良かったかもしれませんが、
原作で、元から友達だった草薙刑事が彼に言われた意味を考えると、
もっと深くなるので、
これも、内海刑事に向かって言わせる必要のない台詞のように
感じられました。
……仮に、映画での内海刑事の出番が無くても
全ての話がきちんと成り立ってしまう時点で、彼女は
“名前や設定を与えられた、他より目立つモブ”でしかないように
思えました。

登山に関しては、
石神の「もう登れなくなる」という台詞や、
命の危機に瀕した湯川を石神が助けるというエピソード、
そして数学以外には興味が無かった彼が
山を美しいといい、感動する場面が良かったとは思いましたが、
原作のその部分では、
二人が川べりで話すのが印象的だったので
そこを変えてまでしなくても……というのが、正直な感想です。
映画として山を出したのは見栄えが良いというか、
大袈裟な事を一つ入れるだけで話が映えるようになるので
派手さ加減としては良かったのではないかとも思えますが、
この作品全体を考えたら、
あそこは普通に淡々と二人に話をさせた方が良かったんじゃないかと
思います。

あ、ただ、ラストは映画の方が良かったと思います。
石神達の絶叫をドア越しに聞く湯川の表情は、
その無念さや悲しさがよく表われていて凄かったです。
この場面は、石神と離れていたこちらの方が
心情的に辛いです。
大学の庭で後日談を語る湯川と内海刑事のやり取りは
どこまでも説明調で、蛇足でしたが、
石神のモノローグでしか入れられない
「人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある」
という原作の素晴らしい文章を
この映画では入れられなかったので
(警察署内を石神が移動する際、
外の光を横から浴びた彼が眩しいとの表情をする時に、
その意が暗に込められていると、私は受け取りましたが、
これは原作を読んでないと、そこに意味があるのに気付けないと思います)
それを具体的に説明する為に、内海刑事に
「石神は花岡親子に生かされている」と言わせたんだろうなと
──誰かにこれを言わせる為に、
このシーンを入れたんだろうなと思いました。

最後、スタッフロールが流れる際に、
東京湾から、石神が刻んだ死体の一部が上がるシーンが描かれてます。
これも、あって良かったと思います。
凶器の、美里のスノウボールが手前にある映像は
痛々しかったです。



それと、映画で気になったのは、
この話の後半の重要な部分である、石神がストーカーを演じるくだりです。
映画では、花岡靖子が恐怖を感じている時間が僅かしかなかったからか、
最後のどんでん返しで
「実は、あれは石神の演技で、彼は本当に花岡親子の幸せを祈ってる」のが
逆にぼやけてしまったんじゃないかと思いました。
原作では、後半、石神が電話を掛けに行くのを窓越しに知るのですら
花岡靖子が怯えるようになりますよね。
ああいうのをねちっこく入れた方が、効果的のように思えました。

それと、石神についても、
数学者を職業にできなかった者の悲哀を
もう少し説明させてあげたかったです。
映画は、そういう事情が石神の根底にあった上で、
日々の生活に疲れた彼が自殺を思うようにまで至る──描写が浅いです。
映画だけ見ている人からすれば、
それが分からないので、自殺しようとする石神の心情も分からず、
「なんでこの人、自殺しようとしたの?」と首を傾げることになり、
尚更、石神にとって花岡親子が光の存在(生きる理由)であったことが
分かり辛くなると思うんですが。
それを解消する為に、映画の最後で内海刑事に
「生かされていたんですね」と語らせるのは、
本末転倒のような気がします。
本当、映画って、
この描写(説明)を何でもって語るか(映像なのか台詞なのか)の選択が
難しいんだなぁと、しみじみと思いました。

これについては、人の好みに左右される部分が大きいので、
どれが正解というわけではないので余計に。
映画として成功させるには、ある程度、
万人受けするものに仕上げなければならず、
それには、台詞という最も分かりやすい手法で説明する必要もあって、
内海刑事の最後の言葉についてはまさにこれだと思うのですが、
原作で印象深かったことを、言葉で端的に説明されてしまったのは
ちょっと勿体ないなーと思った次第です。



最後に。
私は、原作→映画の順でこの作品を知りましたが、
本を図書館で借り(つまり無料)、
映画はスクリーンで見た(有料)という状況もあって、
お金を払った分、もっと映画で楽しみたかったと思っています。
尤も、映画が面白いかどうかを測る為に原作を読んだので
この思いは根本的に矛盾しているのですが(笑)。

でも、やはり、前知識無しで映画を見て
分からなかったことを小説で補完するパターンが良かったなと、
思います。



テレビドラマよりは、遥かに良かったです。
上記のように
個人的な好みから、ここは惜しいなぁと思う部分は幾つかありましたが
「イメージが違う!」と嫌になることはありませんでしたし
映像化作品としてはかなり出来が良いんだと思います。

お勧め度としては、
原作を知っている→過度に期待しないで行けば楽しめます
原作を知らない→存分に楽しんできて下さい。できればその後に原作も読んで下さい。
と、見るのを推奨する気持ちはあります。

映画館に行く暇が無いようでしたら、
せめてテレビで放送されるようになる前に、
是非、原作をお読み下さい。




────

感想は以上です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。



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2008-10-14 11:48  nice!(1)  コメント(2) 
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コメント 2

流星☆彡

初めまして。おじゃまします。m(__)m
私は フジテレビの月9ドラマ&映画公開直前スペシャルドラマ全話
見た興味から、原作知らずの状態で、今作を観てきた者です。
とても面白く読ませていただきました!(^_^)/
『ガリレオ』に関して原作を読むなら これからにしようかな…と 思って
いたところですが、こちらで 「人は時に、健気に生きているだけで、
誰かを救っていることがある」←を見つけ、もう即刻 読み始めたくなり
ました!
あの母娘が「Wii」で遊んでいる描写…私も すごく気になりました。
ウチでさえ(!?)我慢してるのに なんで“苦労してる”家族が持ってるの!?
って感じで。f(^_^;) 他の方々の関心にも残っていたことが分かって
ちょっと面白かったデス。
私は お子さんと接することで力を貰っている実感を持つ…保育に
従事している“おばさん”なんですが、我が娘からも そういった“その子
自身が生き生き輝いてくれてることで こちらが元気を貰えてる”感覚を
受けていて、石神の動機が とても理解できて 泣けました。「そんなこと
くらいで?」と思う感性だったら、まず 石神のモチベーションが不可解で
感動できなかったと思います。もちろん異性への恋でも そういった感じ方
できる状況が あるでしょうけれど。。。
とても面白いレビューに興奮(?)して 長~~くなってしまいました。
失礼しました。また こういった深く掘り下げたレビューを 期待しており
ます♪
by 流星☆彡 (2008-10-16 06:27) 

さくら

> 流星☆彡様

こんにちは、初めまして。
コメント&nice!ありがとうございます!

私もwiiを欲しいなと思いつつ未だに買えていないので
あの場面では花岡親子がとっても羨ましかったです(笑)。
欲しいですよね、Wii……。

自分が他人の幸せに直接関わっていなくても、
その様を見ているだけで自分も幸せになってしまうって
非現実的なように思えて
実はいかにも人間らしい感情だなぁと改めて思っています。
なんというか、人の根幹を表わしてますよね。
そして流星☆彡様が、日々のお仕事で
そんな思いをなされているなんて、とても素敵ですね!
お子さん相手だと、心身共に何かと大変かと思いますが、
どうぞお仕事頑張って下さいませ。
by さくら (2008-10-18 02:50) 

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